笑うと出てしまう「ほうれい線」

おばちゃんの象徴と思っていた「ほうれい線」ですが、アラフォーの私も気になってきました。紫外線対策で日焼け止めクリームを塗ったり、帽子を被ったりしてもなかなか口もとのケアはどうしたら良いのか分からないままになってしまいました。
いろんな美容法で口周りの筋肉を鍛えてほうれい線が出ない方法とかをやってみたりしますが、それをやる事自体がもうおばちゃんだなーなんて自分で思ってしまって虚しくなります。

やはり紫外線対策は重要だなと感じていて、あまり紫外線対策を気にしていない方を見てると肌が荒れて見えてシワも目立ちます。紫外線対策をして、帽子や日傘の時もマスクみたいな口元を隠しておくと良いなと思います。マスクだと夏は暑くて顔中が汗だくで、日焼け止めクリームが意味無くなってしまいますが、通気性のある素材で口元を隠すと涼しくて快適だなと今はお気に入りで使ってます。夏の暑い時は水で濡らして使ってます。

ほうれい線予防のエクササイズもありますが、覚えていられるのは、せめて3日までであとは忘れてしまって意味ありませんでした。お肌が乾燥するのも、ほうれい線のシワが目立つ原因かと思って保湿クリームや保湿パックをしたりします。PRP注入でほうれい線・ゴルゴ線を消す!※衝撃の10歳若返りというサイトを見て、PRP注入をしようか真剣に悩んでいます。

美容家とか仕事として取り組んでる人はストイックに続けていますが、主婦はそこまで出来ないのがいけないのでしょうね!
年齢を重ねて行くと、素肌を隠したくなるのでファンデーションを厚く塗りたくなって余計にほうれい線やシワにそれが入ってきて強調されてしまいます。そうならないようにとは思っていますが、年齢には勝てません。ついついファンデーションで隠せたらと無意識にたくさん塗ってしまっている自分がいます。

周りの主婦の人のメイクも気になったりして嫌になります。女性は見た目も重要ですが、年齢も聞いて来るので誤魔化せません。

miyu1220

富士宮の病院で医師が慌てて「看護婦さ〜ん!」

車のドアに足を挟んで、足の皮膚と肉をペロンと剥がし、肉が見えると言う怪我をしてしまいました。
しかし、不思議とそんなに痛くはなく、なんかわかんないけど血がドクドク溢れてる、という感じでどうしていいかわからない出来事に遭遇しました。しかし、肉が見えてそうなので、病院へ行くことにしました。

さて、破れてるのは皮膚っぽいから、皮膚科か?皮膚科に行こう!とにかく部位が大きいし、怖くて何かを巻くこともできなかったので、血をドクドク流しながら、自分で車を運転して皮膚科へ。初めてのところだったので、問診票をかき、受付の方に傷口を見せるも、特に早く見てもらえることにもならず、順番を待って診察してもらうことに。

程なくして、よばれ、カルテに目を通していた医師が、今日の症状と言うところを読み上げ、ええと、
「怪我?」と言いながら私の足を見た瞬間、直ぐに顔を上にあげ、
「かんごふさ〜ンッ!!!!!」
助けてくれと言わんばかりに、看護婦さんを呼びます。ですよね。

その後、何事かと駆けつけた看護婦さんも、慌てふためき、
「どどどどどうします??」
と先生と協議開始です。うちで何ができますか?何がありますか?どうしますか?のやり取りの後、適切な処置をしていただきました。

が、そうですよねぇ。私も慌てて、皮膚科に来ちゃいましたけど、外科とかそっち系ですよね。皮膚科って、蕁麻疹とか、アトピー性皮膚炎とか、水虫とかが主で、肉を丸出しにした患者さんは来ないですよね。先生、ごめんなさい。
でも、処置してくださって本当に感謝で、その後も、嫌そうにしながらも完治まで見守ってくださいました!

肉をじゃぶじゃぶ消毒されてる時なんかは、私もつい、
「痛い痛い痛いぃ」と騒いでしまいましたが、先生も一緒に「うんうん、痛いよ痛いよ痛いよね~!」と騒いでくれて、なんだか、気持ちが和らぎました。

その後、「先生、なんかごめんなさい。選ぶ科、間違えてしまったようですね」と謝ったところ、
「いえいえ、なかなかフレッシュでした」と笑ってくださいました。
ああ、とても心優しい医師で助かりました。看護師さんも転職してこられたばかりということでしたが、とても手際がよくて助かりました。

何度か通院するうちに看護師さんと世間話をするようになったのですが、今は便利な世の中で、看護師求人|富士宮市で好条件の職場の探し方【私の転職体験談】なんていうサイトがあるそうです。富士宮でよい求人を探していて、この皮膚科に転職されたんだとか。いい先生に言い看護師さんでオススメの皮膚科です。

miyu1220

つらい入院生活で日勤の看護師さんの優しさがありがたかったです

京都市内にある割と大きな病院に入院したことがあるのですが、なかなか良い病院で満足した経験があります。
骨折での入院でしたので、こちらでは看護師さんに介助など大変お世話になりました。
この病院は日勤のみの看護師さん(こちらで京都の日勤看護師さんの募集をしているようです【看護師求人京都日勤】)も多いようですが、みなさんどの看護師さんも優しくて、快適に入院生活を過ごすことができました。
病院に入院するということは、辛くて厳しいもので食事もまずいのだと思っていましたが、意外にそんな事はなく親切にして頂いた所で良かったです。

病院は嫌いであまり行きたくないと子供の頃は思っていたところだったのですが、大人になるにつれてなかなか親切に対応してくれる病院もありますし、親身になって聞いて行ける病院もあるので行くことは億劫ではなくなってきました。
大きな病院でしたが、お見舞いに関しても特に注意されることがない病院だったので満足しています。

ただ、他の患者さんの声がうるさくてつらいという、神経質な人にはやはり入院は向いていないのではないでしょうか。
個室ならともかく、大部屋で入院していると他の患者さんの声が夜中などに聞こえてきたりしますので、うるさいと感じる人もいるかもしれません。
入院するということは、やはりなるべくならやめた方が良いと思います。
入院してしまったら少しでも早く退院していけるように努力をしておいた方が良いでしょう。

子供の頃から病院が苦手だったということもあり、私にはあまり向いていないところかもしれません。
いぼ痔に子供の頃かかったことがあり、その時も病院で辛い手術などをしてその後一週間ぐらいいかかったということがあったので、子供の時にしたようなこのような体験があるから嫌いだと言うこともあるかもしれません。
皆さんなるべくなら行きたくないところだと思いますし、なるべくならお世話にならないように気をつけておいた方が良いのではないでしょうか。
日ごろから健康に気を使っておいた方が良いと思います。

また、怪我などをしないように気をつけておいた方が良いですし、最善の注意をしながら生活をしておいた方が良いでしょう。
身体に栄養がある物を取って行けるよう心がけておいた方が良いですし、栄養が偏っているものなどはあまり取らないように気をつけておいた方が良いでしょう。

miyu1220

うつ病からの新たな復活方法~リワークデイケア~

最近、うつ病で休職する人が増加傾向にあります。休職になってしまったら、薬を飲んでしっかり休む、ということがポピュラーですが、最近では新たな方法で復職を目指す人も増えています。

皆さんは、「リワーク」という言葉を聞いたことがありますか?
return to work の略で、休職中のメンタルヘルス不調者を対象に、復職に向けたウォーミングアップを行うのがリワークです。自治体等でも行われておりますが、精神科の病院で導入されている事例も増えてきています。院内のプログラムなので、ソーシャルワーカーをはじめとする資格を持った専門家が常に居て安心できます。

病院内の一角を作業場所としており、作業場所=模擬オフィスという想定となっています。当然、病院の中ですので具合が悪くなった時もすぐに診察の予約ができたり処置室で休んだりすることもできます。最初は午後、1日だけ通うことから初め、最終的には朝から週5日通うことを目標とします。その中で生活リズムを、働いていた頃と同じような感じに戻したり、満員電車のラッシュに慣れていくのです。

リワークでのプログラム内容は、オフィスワークに類似する作業を個人で行ったり、カウンセラーからの心理講座を聞いたり、グループワークを行ったりします。毎日日誌を記入し、気分の変化や休憩を取った回数等についても自己管理していきます。医療施設によって異なりますが、これらのプログラムはどの施設でも行われています。また、施設によっては、ヨガなどのリラクゼーションや芸術作業といったアートセラピーを実施しているところもあり、楽しい内容も中にはあります。

集団で取り組む作業も多いので、同じ悩みを持った仲間も出来ますし、それがリワーク通所中はとても心強いものとなります。
ただ、デメリットとして、うつ病以外の疾患(発達障害など)も併発している方は参加を断られる可能性があること、ソーシャルワーカーの気分でプログラムが進められるので、ソーシャルワーカーと相性が合わないと苦痛になってしまうこともあります。

休職中はしっかり休むのが基本ではありますが、動けるようになってきたらこういった病院の施設を使用し、復職に向けての準備をしていくのも良いかと思います。実はこの情報、看護師をしている友人から聞いたんですが、友人もうつになってしまい、このプログラムを利用して無事にパート看護師として職場復帰出来たようです【看護師 求人 福岡 パート】

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入院中のムダ毛事情?看護師さんたちは気にするのかなぁ

友人が婦人科系の病気になり、3か月の長期入院しています。
私の地元が横浜なので、ベタなシュウマイや中華まんじゅうも何度か持って行ってさすがに飽きているだろうし・・・。
そこで、ストレートに友人に欲しいものがあるか聞いてみました。

友人「ボディクリームとT字かみそりが欲しい」
差し入れを渡すと、友人はとても喜んでいました。
数か月にわたって入院しているとムダ毛が気になってくるそう。
特に検温時や手術後安静時に着替え補助をしてもらう為、手を上げる事が多く、腋毛が見えると恥ずかしいとのことでした。
女性看護師さんと先生だけならまだいいのですが、若い男性研修医や学生が来ている時は逃げ出したくなるそうです。
デリカシーのない看護師さんが多いらしく、学生さんが見ている中で平気でバンザイさせてくるらしいです。
確かにそれは恥ずかしいかもしれない…。

お風呂は時間が決まっていてバタバタするし、日中はいきなり看護師さんが入ってくるので、夜中ベッドの上で剃ると言っていました。
友人が入院している横浜市内の総合病院は、お風呂で様態が急変した患者さんがいるらしく、時間帯がかなり細かく決まっているそう。
当日の朝の検温時に「○時に入ります」と予約を取るシステムらしいです。

友人の病室は後ろの方にあるので、希望する時間に入れたことがないと文句を言っていました。
お風呂の予約が詰まっているので、時間はドライヤーで髪を乾かす時間を入れて15分厳守。
友人は髪が長いので、乾かすのに時間がかかるようです。

部屋で乾かすことはできないのか聞いたところ、同室の方がいるから部屋でドライヤーするのは気が引けると言っていました。
それが長期間続くのはストレスが溜まりそうだなぁ、と思いました。

しかし、そんな環境でも恥じらいを捨てずムダ毛を気にする友人はちょっと素敵だなと思いました。
私も入院したことがありますが、病気中はムダ毛あって当たり前みたいな感じで気にしたことなかったです。
患者さんのムダ毛って、お医者さんや看護師さんは気にするもんなんでしょうかね。
もしかしたら、まだ経験の浅い新人看護師さんなどは、すごいムダ毛だったらビックリするかもしれないですよね(泣)。
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友人は無事退院しました。
見た事のない長さのムダ毛になっていたとか。
旦那からはアマゾネスとか失礼な事を言われたようですが…(怒)。

miyu1220

私を励ましてくれた長男の嬉しい言葉 

4人兄弟
私は現在小さい子供を四人育てている主婦です。上の子で今年やっと小学校に入学したばかりで、立て続けに二年ごとに妊娠して出産しています。兄弟は全員男の子で2歳差なので、それはそれは賑やかで家が毎日笑顔で溢れています。子供はもともと好きでしたが、私と主人ともども親は近くに住んでおらず、子育ては自分たちだけで主人も仕事が多忙なので日中はほぼ私一人で子供たちの世話をしているので、多くても3人が限界と感じていた矢先の4人目の妊娠発覚でした。

正直4人も育てる自信がなく、経済的にも余裕がない生活で、自分たちが甘いばかりに妊娠してしまった事実に毎日どうすればいいのか答えも出ず、ただただ時間だけが過ぎていきました。このまま主人にも内緒で子供はあきらめようかとも何度も思いました。でも自分のお腹の中に今いる子供たちによく似た新しい命が芽生えていると考えると、産むことしか考えられませんでした。とうとう主人に打ち明けたところ、最初の数秒は沈黙でしたが、すぐに産むしか考えられないと言ってくれて、将来の保証はないけれど、産まれてこようとしている命に罪はないという思いで出産することを決意しました。

正直、産む直前までは4人になって生活が成り立つのか?やっと一番下の三男が落ち着いてきて私も仕事が始まった矢先にまた辞職せねばならず、当面の生活費の保証もなく途方にくれる毎日でした。ですが実際に出産して赤ちゃんの顔を見ると、本当にいとおしくて一時でもこの子をあきらめようと考えていた自分の馬鹿さ加減に涙が溢れました。

正直、幼児ばかり3人いる中での新生児の世話は記憶にないくらいに目が回る忙しさでした。経済的にもかつかつで、常に収支はマイナスでしたが、なんとかなるさの精神で深く考えず子供たちが手が離れたら私も働きにでようと考えて、何とか耐え忍んで生活してきました。

そんな時、長男がふと言ってくれた一言に救われて、心から嬉しいなと思える言葉を私に言ってくれたんです。「僕は兄弟がたくさんいて幸せだよ。だって毎日家が明るくて楽しいから。ママこんなにたくさん兄弟を産んでくれてありがとう。」と笑顔で私に話しかけてくれたのです。その瞬間本当に肩の力がふっと抜けて、こんなに悩んでいたのが嘘のように4人の母としてもっと誇りをもって前向きに生きていこうと考えさせられました。

赤ちゃんだった長男が、いつのまにか小学生になり、私にこんなうれしい言葉をかけてくれる時がくるなんて、子育てに必死だった過去が走馬灯のように蘇って思い出されて涙がとまりませんでした。子育てに必死な時は、いつまでこの辛い気持が続くのだろうと自由がきかない生活が永遠に続くような気がしていましたが、赤ちゃんの時代は今振り返るとほんの一瞬でかけがえのない時間だったなと思うのです。

これからも子育ての悩みは年齢とともに変化していくだろうけれど、常に初心に戻ってその時しか味わえない子育ての醍醐味を思う存分楽しんで子育てに向き合っていきたいと思えるようになったそんな嬉しい長男の言葉がいつまでも耳に残って私を励ます原動力になっています。

miyu1220